服用する薬の用法、用量などを記録し事故防止などに役立てる「お薬手帳」について、調剤薬局が相次いでその電子版の提供に乗り出している。スマートフォン(高機能携帯電話)などを使い服薬履歴を確かめられるなど利便性が高い。医療情報などの電子化を進める政府構想を先取りした形で今後も参入が予想される。(柳原一哉)
業界大手アインファーマシーズはNTTドコモと組んで開発した電子版お薬手帳の提供を昨年7月から全国500店で始めた。
薬局で発行された紙の保険調剤明細書のQRコードをスマホで読み取ると、薬剤の用量、用法などのデータが取り込まれる。手元にスマホさえあれば患者はいつでも簡単に薬を確かめられるほか、設定しておくだけで飲み忘れをアラームで知らせる機能も使える。
「薬の飲み方が分からなくなったりする患者は多いが、薬局での対面指導には限界がある。スマホを服薬支援に活用したいというのが当初の動機だった」(アイン担当者)。
東日本大震災では被災者が手帳などの服薬記録を失い、薬の処方に苦慮した経験もある。「普段はスマホで服薬状況を把握し、災害などで紙の記録を失った際でもデータが見られ、記録のバックアップにもなる。このため回線が途切れてもデータを見られるよう設計した」(同)といい、ライフライン機能の性格を併せ持つ。
調剤薬局各社は相次いで電子版を投入している。スーパー・イオン内の「イオン薬局」が昨年11月末から電子版を始め、来年度中に全国店舗に拡大する、と発表。一昨年11月から始めた日本調剤の電子版は現在464店舗で利用できる。
相次ぐ電子版投入の背景には、医療情報などを電子的に管理・活用する政府の「どこでもMY病院構想」がある。電子版お薬手帳を電子カルテなどと並ぶ同構想の柱に位置づけ、厚生労働省は平成23、24年度に石川県でモデル事業を実施。結果を踏まえ、政府のIT戦略本部での論議を経て実施に移す運びだ。
構想に先行して民間では具体化が進んでおり、今後も新規参入が見込まれることから制度整備が急務だ。
例えば、薬局は紙の手帳に薬剤の情報を記載することで患者に情報提供をしたとみなされ、調剤報酬に算定できる。だが、その際の手段は文書などに限られ、電子データだと情報提供には該当しない。
電子版のシステムの運用は薬局の“持ち出し”となり、薬局関係者からは「ボランティアのようなもの」との声も漏れる。
薬局によって異なるシステムによる規格が複数出そろってくると、「患者に混乱をもたらしかねない」(厚労省医政)との懸念が増す。
どの患者にどんな薬が処方されたかは高度な個人情報だ。日本薬剤師会は「(電子版お薬手帳の)情報の2次利用などが国民に大きな不利益を与える可能性がある」との見解をすでに示しており、厚労省も「慎重な議論が必要」としている。
◇「どこでもMY病院構想」とは
医療の受診記録や健診データなどを電子化しパソコンなどを用いて患者自身で一元管理する。自分で生活習慣病予防に役立てたり、災害や事故など緊急時には薬歴などの記録をスムーズに医療機関に伝えるツールとしても使う。検査や投薬の重複を避けられるなどの効果も期待でき、医療の安全性を高めるだけでなく、長期的には医療費抑制にもつながる。
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